さあ、自分を見失おう。間違ったまま行こう。

IMG_6272私のパートナーは
いま海外にいます。

「♪会えない時間が 愛 育てるのさ」

郷ひろみさんの
歌の歌詞にもありますが

(昭和すぎてわからなかったらごめんね)

会わないときほど、思いが伝わり合うようなことがあります。

何があっても
何がなくても

愛というのは
放っておいても、ちゃんと育つ。

まるで子育てのようです。

これは

「自分自身との関係」

にも言えることだと思います。

「自分を見失う」

つまり

「自分と会えない」

そんな時間が長いほど

会えたときの密着感や
自分の存在への尊敬は

一層、増すものです。

自分という存在からは
離れることはできません。

永遠に。

だから安心して

自分を見失えばいい、のです。

どんどん自分をわからなくなり
どんどん他人軸を生き

どんどん見失えばいい。

どうせ、また会えるのだし
どうせ、添い遂げるのだから。

自分と。
一生。

死ぬまで。

もっと安心できることに

必ず、ひとは、死にます。

そのカウントダウンは
今はこのときも

その終わりに向かって
進んでいます。

ちゃんと、終わる。

ゴールテープの向こうで
両手を広げて

あなたが
あなたを
待っている。

ちゃんと、会える。

そして、あなたが今
気が付いていなくても

あなたは
あなたの
側にいる。

片時も離れることなく。

どんな孤独の日も
どんな喜びの日も。

最近は
SNSが出てきてしまったから

他人の様子がよく見えます。

以前なら
他人がどうしているかは

こんなに見えなかったでしょう。

他人の考え、など

本を読むくらいしか
触れる機会はなかったでしょう。

最近は

たとえばですが

起業を学ぶ、なんて
おかしなことがあります。

起業なんて
学んで上手くいくものじゃなく

どうしようもない思いに駆られて

突き動かされるように
はじめるもので

まるで恋みたいなもの

だと思うのです。

「理念を掲げましょう」

とか言うけれど

理念のない起業なんてないはずだし
理念なんて後付けするものじゃない。

愛に理由が無いように。

ただ、前に進む。
ただ、突き動かされる。

その「力」のみ

だと思うのです。

他人の考えを学び過ぎて
自分がどうしたかったのか

見失う。

他人の言うように
やってみようとしたけれど

何か、違う。
何も、わからなくなる。

けれどね

それでいい、のだと思います。
だからいい、のだと思います。

SNSも、自分を見失うために、そして再び、深く自分を捉えるために、この時代に必要なのだと思います。

すべてを失い
すべてを見失い

また自分に会える。
自分と添い遂げる。

だから、どんどん

自分を見失ったらいい。

だから、どんどん

わけがわからなくなったらいい。

そんなときこそ
安心したらいい。

自分が、育っている
自分を、愛している

その真っ最中だから。

まったく大丈夫じゃないときほど
まったく大丈夫であり

孤独を感じるときほど
自分が側にいるから。

他人との関係ならば

「孤独」を知らないひとは

「馴れあい」と
「つながり」の違いが

わかりません。

ひとり、があるから
ふたり、のときに感じるものが増え

それが豊かさになる。

ひとり、思いを貫いたなら
ひとり、行くことができるなら

それと伴走する
自分を感じることができる。

その走りに
伴走したい人が現れることもある。

もっと、一人で居ていいし
もっと、孤独を愛していい。

孤独であるときこそ
孤独ではないから。

しかし

馴れ合っている限り
他人にまみれている限り

「自分の思い」

は、見えては来ない。

自分を見失い続ける、だけ。

だから、誰もが
間違ったまま、進めばいい。

馴れ合ったまま
もっと、わからなくなったらいい。

ちゃんと
その先で会えるから。

自分に。

ちゃんと
その先で繋がれるから。

ちゃんと孤独を生きた人たちと。

その意味では

同じくらい孤独を生きた人としか
繋がれないのでしょう。

孤独を生きるほど
人と繋がれるのでしょう。

確かに

私もパートナーも
それぞれ孤独を生きてきました。

お互い10歳の頃には
孤独をはじめていました。

とはいえ

早ければよいということでもなく

何歳からでも
いつからでも

遅くはない。

今がどうか、だけ、だから。

さあ、孤独を生きよう。
自分の思い、だけで走ろう。

自分が見えなくなる日も
あっていい。

むしろあったほうがいい。

正しさを求める必要などなく

間違ったまま進んだ先に
ただ、自分が待っている。

自分の腕に包まれる瞬間がある。

そこに、正しさなど
必要あるわけがない。

ただ、自分が在れば。
ただ、自分を待っていれば。

ちゃんと帰ってくるから。
ちゃんと会えるから。

自分と。

そして、同じくらい孤独を生きた人と。

男女問わず。
年齢問わず。

それが「つながり」。

孤独なひと同士は
言葉などなく、瞬間、つながる。

馴れあいは、
言葉や時間を介してしか
成り立たない。

孤独がいい。

孤独だから
つながることができる。

深く。

自分とも
他人とも

深く。

さあ、見失おう。
さあ、孤独で在ろう。

そのほうが、愛に出会い、愛につながることができるから。

安心して。

さあ、ひとり行こう。

間違ったまま。ね。

フェイスブックでのシェア、フォローは大歓迎です。

facebook
https://www.facebook.com/kanako.naito.391

Twitter
https://twitter.com/kanakonaito

Instagram
https://www.instagram.com/kanakonaito/

Amazon著者ページ
http://www.amazon.co.jp/内藤-加奈子/e/B00C6QABV4/ref=sr_tc_2_0?qid=1459483754&sr=8-2-ent

↓下のボタンで、フェイスブック、ツイッターでシェアできます。あなたが感じたことを添えてシェアしてくださると嬉しいです。