あなたになんか「価値」はない。〜人を見る目の話〜

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銀座のクラブで
ホステスをしていた時代も

多くの人を見てきました。

アルバイトまで含めたら
26年間を費やした接客業

それを
7冊の本にも書きました。

男女を問わず

人を見る目だけは
自分を信頼しています。

最初に会ったときの

「小さな違和感」。

これがあとあと

「やっぱり」となる。

ネット上や写真、
文章だけではわからないのが

私はまだまだなのかもだけど、

この
「小さな違和感」への信頼度が
また上がった。

上がってしまった。

どうやら私にとって、
肌が合わない人というのは

「自分を大きく見せたがる人」

のようだ。

小さく無価値な自分を恐れ、
それを隠すために嘘までつき

その嘘が無意識であるほどに
根が深いのでしょう。

けれど、

それも仕方ないことだと思うのです。

だって、

小さくて無価値であることが
恐ろしく怖いのだから

自分を守る手段、なのでしょう。

私の子供時代は

バカを演じ、小さく、
無価値に見せることに必死だったから

真逆だから、
合わないのだろうと思います。

しかし、

誰もが同じように

「無価値」

なのです。

宇宙から見たら
「点」にもならない存在。

なのに大小や高低の差があると
「誰か」に思い込まされてしまい

その屈辱から

「大きく見せる」ようになったり
「小さく見せる」ことに苦心したりする

だけのこと。

スタートは「誰もが同じ」なのです

方向は真逆であれど、そこに

「価値への執着」
「価値への恐れ」

を見るから、

わたしにはそれが
「違和感」となるのでしょう。

あちらとこちらを、
足して2で割ればちょうどいいのにね。

結論としては、

わたしは、ただのんびりと、
無価値なままの自分を、

そのままに生きてしまえばいいのだなと
思いました。

遠慮もせず
小さくも見せず
自分と違う何かにも見せず、

ただこのままを何気なく
生きて死んでいけばいいのだな、と。

だってさ、

わたしはわたしでしかなかったもんね。

誰かに付けられた

「価値=レッテル」は、

それが世間的に良くても悪くても

いつも苦痛で迷惑だったもの。

はあ、
やっぱりこのままで
裸のままでいいんだ。

安心したよ。

また息がしやすくなりました。

ありがとう、ツイートでした。

 

人は「無価値であるという価値」があり

「価値」は自分で創造するアートであり
「自分にしか見えないもの」で描くアート

ですからね。

 

【追記】

そしてたとえば、「すべてのものに価値がない」という前提で、お金を稼ぐことができるなら、その人は「創造するセンス」の持ち主であるとも言えるでしょう。私のように、もはや稼ぐことを目的から外させてもらった人間は、無価値であることを遠慮なく楽しむキャンバスを授かった、とも言えるでしょう。どちらも、「無価値な価値」を自ら捉えたならば、同じく、縛られることすら選べる自由を持つことになるのでしょう。

という
ツイッターからの

「丸コピ」ブログでした。笑

(写真に写ってる方、話してる相手の方は記事とは無関係です♡)

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