さておき、
という記事を書いたのですが
お金を使って「満足」を得ることに慣れている人は、
お金を使わないで「満足」を得ることを増やすと「幸せ」のバリエーションが広がるし
また逆に
お金を使わないで「満足」を得ることが上手くて来た人が、
お金を使うことでも「満足」を得ることを始めると、これもまた「幸せ」のバリエーションが増えるのかなと感じました。
…
そもそも、あなたにとって
「幸せ」とは何なのか?
という話です。
「満足」ということばでも置き換えられるのかもしれないし
「気持ち良さ」ということばでも、そうかもしれないし
「気持ち良さ」なのならば
やっぱり、今すぐできる「気持ち良さ」にフォーカスしていくと
「気持ち良さ」って、増えていくなあ、と思います。
…
今日、ひとりで和食やさんに入ったのですが
よく見かける、店長さんなのかな
今日は怒ってました。
スタッフさんが、わたしが注文したグラスワインを、間違って、ボトルでオーダーを受けていたみたいで
(そんなに酒飲みに見えたのなら、しかたないのですが、笑)
ボトルを手に持ちながら、怒ってました。
店長さんが、グラスを持って、注ぎに来てくれたけど
怒りまで一緒にグラスに混じったら嫌だなあと、
ま、美味しくいただいてしまいましたが、笑
たぶん、店長さんは、今は
「怒り」にフォーカスして仕事をしているんだろうなあ、と思いました。
仕事のやり甲斐
人生の生きがい
どちらも、何らかの「感触」を得られるから、それが
やり甲斐
生きがい
になっていくのでしょう。
その「感触」を「摩擦」で得ようとした場合
その「摩擦」の種類が「怒り」だった場合は、
その怒りによって、自分の存在感を確かめたりすることができるから
もっと、怒ることになるのかなと
思います。
…
わたしは、怒るのは疲れるから嫌いだし、美容にも良くない気がするから
「気持ち良さ」
にフォーカスしながら生きたいなあと思います。
(けど、怒らないように、はしませんよ。子育てしてると、またかー!?みたいなことありますし、怒りになることもあります。そのときは人間らしく怒ります。それも自然の流れに流して過ごしています)
そうしたら、人生は
気持ち良いものになる。
人生を描いているのは、自分、だから。
…
確かにね
仕事してて、ミスられたら、超めんどくさい、でしょう。
わたしも15年近く、人材育成をやってきましたし、そのことを数冊の本にも書きました。
けど、ミスって、ある程度起こるものだし
じゃなきゃロボットだし
怒られると緊張して、もっとミスります。
ミスにフォーカスするから、それが増える。
怒っても、怒らなくても
どうせミスは起こるから
淡々とその事実と、その事実の修正にかかる手間を知らせて、
それと併せて、
どれだけあなたに期待しているか
どれだけあなたを頼りにしているか
どれだけあなたに任せたいか
ここらへんも知らせる。
ミスる自分、を刷り込むと、そんな人が出来上がるし
任される自分、を刷り込むと、そんな人が出来上がります。
それでもまたミスかもしれないけど、繰り返し、です。
子育てと同じ。
人育て、って、毎日の繰り返しだから、ですね。
自分像、をどう描かせるか。の繰り返し。
それは、自分にも。
自分育て、でも。
…
話が逸れました。
わたしは「気持ち良さ」にフォーカスしていきたいなあ。
さっきのお風呂も気持ちよかったし、そのあとのストレッチも気持ちよかったし
いまこのブログを書いているのも楽しいし。
怒りにフォーカスしたいなら、飽きるまですることだろうし
悲しみにフォーカスしたいなら、飽きるまですることだろうし
禁止事項なんてないし。
ただ、
「自分はどう生きたいんだろう」
それに、いつも
立ち戻ること。
混乱して、それどころじゃないときこそ、その混乱に惑わされずに。
困ったら、一回、笑え。
困ることのほうが、簡単だし
困ることにフォーカスするのは、いつでもできるし。
流れ、に流されるのか
流れ、を作るのか。
それはいつも自在。
あなたの、自由。
あなたが選んだものが、あなたの人生になっています。
わたしは明日も、気持ち良さを生きます。
それを生きることに、感謝しようと思わなくても、勝手に感謝が湧いてきます。それがまた嬉しいのです。
食事するときだって、たくさんの人の手を介した食材を、スーパーで買うことができて、それを口にすることができる。
あなたも、わたしも、一人じゃない。
なのに、いつかは、一人で生きてる気でいたなあ。そのときは、一人で大丈夫!にフォーカスしていたんだろうな。
人に頼って、あたたかさに甘えて、生きているのが好きだなあ。
おやすみなさい。
内藤加奈子