「恋」がうまくいかないのは「男性化」してるから。

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「クラブ加奈子」

加奈子ママの
恋愛相談コーナーです。

今日のテーマは

「美人にはどうして彼氏がいないのか」

です。

今日お話するところの

「美人」には

顔がきれい・かわいい

だけでなく

おっぱいが大きい、とか
スタイルがいい、とか

容姿に自信がなくても
キャリアがちょっと自慢できる

とかも含むかな。

そんな、

「なんらかのスペック」

を持っている女性を

「美人」

と定義して、お話したいと思います。

わたしの
「むかし話」からはじめましょう。

OL時代に
取引先の社長さんに

食事に誘われました。

会社のためだと思って
昼間だし、行きました。

「大切にさせてくれないか」

と、

口説かれました。笑

彼氏はいるのか、と聞かれて
いないと答えたら

「美人は空き家が多い」

要するに

「美人は彼氏がいない」

とおっしゃっていました。

その場でお断りしましたが

それ以上
何も言って来られませんでした。

他にも候補はいるのでしょう。

「引き際の潔さ」が紳士でした。

わりと多くの女性が

モテたいとか
彼氏ほしいとか
結婚したいとかで

自分磨き?

などをして

綺麗になろうとしたり
すごい人になろうとしたり

しますよね。

なのに、なぜ

綺麗な人や
すごい人や
美人な人たちも

恋愛や結婚に悩んでいるのでしょうか。

不思議ですよね。

美人の人って
自信があります。

「そんなことないですぅー」
「わたしなんかぜんぜんー」
「◯◯さんのほうがー」

って言いながら、

自信あります。

男性から
声もかかります。

だから自信があります。

だから

「男性なら誰でも落とせる」と

心のどこかで、

こっそり
ひっそり

思ってます。

なので

不倫したりします。

「わたしなら奥さんから奪えるわ」

などと思っています。

その自信があるからこそ

家庭のある人を
狙ったりするわけですが

もれなく

泥沼化します。

そして、

何年も執着して
苦しんでいたりします。

それでも
自信があるから

「いつかは、わたしが勝つ」

と、思っているんでしょうね。

また、
美人な人は

「男はみんなわたしに気がある」と

心のどこかで

こっそり
ひっそり

思っているので

お店の人
お医者さん
講師の人
先生の人
美容師さん

みたいな人を狙って
落とそうとしたりします。

だって、
わたしの話を真剣に聞いてくれるから

だって、
わたしに笑って話しかけてくれるから

だって、
メールすると返事してくれるから

だから、

わたしに気があるかも
(絶対に気があるはず)

と、思ってしまいます。

わたしは綺麗だから
わたしは特別だから

他の人よりも
良くしてもらってるはず

と、思ってしまいます。

だから

他の人にも、みんなに
同じようにしているということを

忘れてしまいます。

自分がお客さんで
お金を払わないと会えないことを

忘れてしまいます。

仕事以外では
連絡もこないことを

忘れてしまいます。

「自信」があるので
「過信」もするのです。

ついでに

その男性がいそうな場所を
うろうろしたりして

ストーカーになったりします。

すごいと
近くに住んじゃったりします。

ばったり会えば
チャンスになるはず。

男の人も
賢い人が多いので

見抜かれてしまいます。

普通に、
おかしいと思われます。

だけど、

わたしからアプローチすれば喜ばれるはず
わたしから行けば、なんとかなるはず

と思ってしまっています。

上手に避けられてしまうか
上手に距離を保たれてしまうか
なんとも思われないか

なのですが

美人は自信があるので、

避けられていることにも
距離をキープされていることにも
なんとも思われていないことにも

気がつかなかったりします。

こうやって
禁じ手を駆使して

ますます
恋が遠のいていきますが

それにも気がつきません。

「うまくいっている真っ最中!」

だと、信じて疑いません。

自信があるから

「自分は特別」
「わたしならできる」

と、思っているから

ますます、諦められなくなって

平気で

何ヶ月も…
何年も…

同じようなことしていたりします。

わたしなら絶対。
わたしならできる。

と、思っているけれど

時間は刻々と、過ぎていて。

でも、

わたしは
歳を取っても

綺麗だから大丈夫。

だってわたしは特別だから。
だってわたしは綺麗だから。

「思い込み」と「現実」が

乖離していることが

見えなくなっていきます。

自分の美しさしか
見えなくなっていくのです。

自分しか
見えなくなっていくのです。

一方

特別美人ではない人の方が
楽しい恋をしていたりします。

わたしはそんなに美人でもないし

得意なこともない。

平凡すぎて
なんの取り柄もない。

なのに

こんなに楽しくていいのかな。
こんなに嬉しくていいのかな。

喜ぶのが
上手なのです。

それもテクニックではなく

素直に喜んでいるのが
そのまま伝わってくる。

そういう女性を
男性は放っておかないのです。

こういう女性は

モテはしなくても

一人の男性に、
大切にされ続けるのです。

そして

美人は、というと

褒められることにも慣れていて
してもらうことにも慣れている

だから

喜びかたにも

何度、
同じリアクションで喜んだか

その反応にも

手垢がついてしまっている。

それは

隠しても

そのまま、伝わってしまう。

美人って

残念ながら

不利、なのです。

じゃあ美人は
どうしたらいいのか?というと

まず、

どうする or どうしない

という選択肢ではなく

「現在位置確認」

からはじめることになります。
どういうことか、というと

「自分が男性化していることを認める」

ことからです。

「誰かをターゲット(標的)にして、それを手に入れようとしている」

ことを

「わたしは恋愛をしている」

と勘違いしていますが

残念ながら
それは、恋愛ではありません。

これは、

「男性の思考」であり、獲物を狙った

「狩り」

なのです。

言葉をおくったり
物を贈ったり
相手の趣味に合わせたりして

男の人を喜ばせようと
したりしていませんか?

それで

男の人の反応を
得ようとしていませんか?

それも
男の人の思考です。

「狩り」で獲った獲物で
家族を喜ばせる思考です。

残念ながら

「美人は男性化してしまっている」

のです。

綺麗に髪を巻いて
綺麗に化粧をしていても
どんなにおっぱいが大きくても
ハイヒールにミニスカートでも
いくら男性から声をかけられても

「美人は男性化してしまっている」

のです。だから、

「恋愛がうまくいかない」

というより

「恋愛をしていない」

のです。

まさか、
男の人に恋い焦がれている自分が

「男」になっているとは
思いたくはないでしょう。

こんな、女らしい容姿の私が

「男」になっているなんて
とても思えないでしょう。

男性から興味を持たれる私が
他の女性たちより綺麗な私が

「男」になっているなんて
絶対に認めたくないでしょう。

ですが、

「男性化してしまっている」

から

それを証拠に
男性と結ばれていないのです。

凸と凸だから
噛み合いようがないのです。

万一、

首尾よく
お付き合いしても

男性化してしまっているので
さらにその男を追いかけて

自分だけのものにしようとか
自分の思うように動かそうとか

いつも絡んで
戦いを挑んで

「私を見てよ!」の要求ばかり。

結局、
うるさがられてしまったり
相手が疲れてしまったりして

噛み合わないまま
終わりを迎えるのです。

凸と凸だから
噛み合わないのが、性。

自然なことであり
しかたがないことなのです。

「美人」に相談されて

こういう話をしても

聞いている顔をして
聞いていなかったりします。笑

自信があるので
人の話を聞かないのです。

「すごくためになりました。明日からそうします!」

と言いますが

行動はというと
何も変わっていなかったり。

相手を変えただけだったり。

そして相変わらず

「恋愛」だと勘違いしたまま
「狩り」をしていたり。

そして、まだ、

わたしは大丈夫
美人だから大丈夫

だけど

友達は、結婚して
出産したりもして

時間は、今日も過ぎて。

心のどこかにある
掴みようのない焦りを誤魔化すように

ますます

「狩り」に没頭して。

すると、
友人知人からは

自由恋愛をエンジョイしていきたい女

として見られるので

価値観が違う人、として扱われて

アドバイスも
されなくなります。

まあ

アドバイスされたところで
自信があるので、聞かないのですが。

自分は正しいことをしていると
少しも疑わないので。

なのに

自分は少しも
望む人生を歩けていない。

それは、認めたくない。
とても、認められない。

だって、わたしはモテるもん。
だって、今日も誘われたもん。

男性は、誘いますよ。

真剣に聞こえるような
甘い言葉を使っていても

残念ながら

ゲーム感覚の人もいます。
体目当ての人もいます。

言葉は
口を動かせば出せますから。

真剣なら
何度断っても

何度でも
時間をかけてでも

変わらずに
追いかけてこられますから。

そんなふうに

一人の人が
ずっと追いかけてくるならば

そういう人が
何人もいるのなら

モテる、といってもいいでしょう。

そうでないなら
あちこちから

「ちょっかい」を出されただけ。

ちょっと美人なら

声をかけられたり
誘われたり

ちょっかいを出されることは

誰でもあります。

「ちょっかい」って

フェイスブックの

「いいね」みたいなものですからね。

ぽちっとやってる男の人は

他の女の人にも
ぽちっとやっていたりして。

口を動かせば、誘えますし
手を動かせば、いいねできます。

手軽なものなのです。

「そんなことない。私にだけのはず」
「あの人も、この人も、本気のはず」

と、思ってしまうのが

「自分自身への盲目の恋」

であり

「過信の証拠」

なんですけどね。

誰かに向かって

言葉を尽くしたり
気を利かせたりしても

それは
「狩り」のための
「テイク」のための動きであって

「自分に恋してる」だけなのです。

それも幸せかもしれないから
そのままでいいのかも、ですけどね。

同じ美人でも
二通りの美人がいるのです。

「男性に愛され続けている美人」と
「男性化して狩りを続けている美人」が

いるのです。

両者とも

端から見れば
恋愛をしているように見えますが

実際には

恋愛をしているのは前者だけで
後者は狩りをしているのです。

満たされているのは前者だけで
後者は空腹のまま獲物を追いかけている

「女の格好をした男」なのです。

「美人は自信がある」

と、何度も言いましたが

実際のところ
彼女たちにも、

不安があります。

「狩り」に執着し
「獲物」に執着するのには

理由があります。

最初に、

わたしを口説いた
取引先の社長の話をしましたが

わたしが断ると
すぐに引き下がりました。

「引き際が潔い」

のです。
なぜなら

「他にもいるから」

です。

「余裕」

があるのです。

美人の行動を見ると
これがありません。

「余裕」

が、ないのです。

いつまでも
獲物を追い続けているのが

その証拠です。

余裕がないから
狩りをやめられないのです。

自信がある私なのに
結果が出ない。

その現実を
認めたくないから

やめないのです。
やめられないのです。

なので

彼女たちも
実際のところはというと

「自信」があると
「勘違い」したいだけで

本当のところは
自信なんてない

というのが実情です。

このような女性を
もう何人かわからないくらい

見てきましたが

なかなか
狩りをやめません。

なぜ、やめないのか。

それは

「狩り」は「傷つかないから」です。

「片思い」という
「おいかけっこ」は
「致命傷を負わない」からです。

狩りをして
追いかけているだけだから

走っているだけだから
転んだとしても

死ぬほどの痛みを
負うことはないのです。

たとえ、

おつきあいしたとしても
短期間で別れるようなら

それも
痛みとしては、

狩りをやめる材料には
なってくれない。

何年もかけて愛し愛された人と
別れようものなら

互いに
刺し違えて

内臓を、ぜんぶ
えぐり取られるような

流れる血すら
1滴もなくなるような

命以外の
すべてを失ったような

生きながら死を見るような
思いをするものです。

その痛みがあれば
違う生き方、を選べる。

けれど、それと比べると

「狩り」には痛みが少なすぎる。

片思いでも

眠れない夜があったり
多少の切ない想いはするでしょう。

けれども

致命傷には至らないから
なかなか、やめないのです。

「新しい恋を見つけたの!」

と言いながら

「新しい獲物」を、また追うのです。

そして今日も
日は暮れていくのです。

今日がすべてなのだと
気づかないままに。

今日の行いが
明日を決めていることを

忘れてしまったまま。

鏡のなかの自分だけを
見つめたまま。

さて、

まとめに入りましょう。

男をやめて
女になりたいなら

まず、潔く狩りをやめること。

不倫なら別れること。
片思いなら諦めること。

それは恋愛ではなく狩りだから。

男性のすることだから。

「余裕」があるなら
「美しい人」を自負するなら
「引き際も美しい」はず。

もしくは

「余裕」が欲しいなら
「美しい人」を自負したいなら

「狩り」をやめること。
「男」を返上すること。

誰かを手に入れることが
豊かさになるのではないのです。

何かを手に入れることが
豊かさではないのです。

誰かみたいになるのが
豊かさではないのです。

今日、
素直に喜ぶことが

今すぐ、
豊かさになるのです。

ちょっとオマケに

たとえば、の話をしましょうか。

わたしの話
になってしまいますが

仲の良い女性たちと
お酒を飲んでいたときのことです。

わたしが注文しておいた
次のカクテルが

今のグラスを飲み干したときに

ちょうど、

ぴったりのタイミングで
運ばれてきました。

わたしは驚いて、

「すごいです!ベストタイミングです。今、ちょうどです。欲しいと思ったところです!」

店員さんに

思わず
拍手しちゃったのです。

ただ
嬉しかったのと

ただ
すごいと思ったのでね。

それを見た彼女たちが

「内藤さん、これですね」

と言いました。

「だから内藤さんは人から愛されるんですね。」

と言うのです。

銀座の美容室でも
セットがすごくて拍手しちゃいますし

カフェでケーキが運ばれてきても
一人でも思わず小さく拍手してしまいます。

もちろん
相手は、老若男女問いません。

下心とかゼロです。笑

ただ嬉しいから
そう体が反応してしまう。

店員さんに
軽く笑われることもありますが

でも、
喜んでくれることも多いです。

やろうと思ってなくても
やってしまうのです。

クセなのです。

喜んでしまうクセ。

だからなのか

毎日、嬉しいことがあります。

足りないことを探す気に
ならないのです。

何かを取りに行く理由が
ないのです。

狩りに出る発想が
浮かばないのです。

男の人に
頼りきっているからでもあり

わたしは
小さい頃から、友達はいないし

「平凡以下」の人間だからかな

とも思います。

だから、

嬉しいと思えることが
人より多いのかもしれません。

自分が喜ぶのが、
嬉しいのです。

また、

喜ぶのが「女」だと思っています。

男になって
喜ばせている場合ではないのです。

評価を求めて
狩りにさまよっている場合では

ないのです。

20代でも
30代でも
40代でも
もっと大人の女性でも

どの世代にもいらっしゃいます。

男の人にちょっかい出されるから
まだ、自分が女だと思ってるのよね。

男になっちゃってるのに。

連絡するとか
しないとか

何をするとか
しないとか

そういう「やりかた」じゃないのよ。

男なのか
女なのか

っていう

「在りかた」

なのよね。

「やりかた」って
「戦術」でしょ。

男の人の言葉だからね。

「やりかた」で

男性を狩ることに成功しても

結局、ずっと

「やりかた」という
「武器」を握ったまま

男性に
勝とうとし続けるのよね。

男と女がいるはずなのに

狩りをする人しかいなくて
喜ぶ人がいなくて。

男と女って
戦うのもじゃないのに。

戦いなんかより
狩りなんかより

今日、
楽しく生きていきたいんでしょう?

だったら

女は
楽しむのが仕事じゃないかな。

喜ぶのが仕事じゃないかな。

人のおかげに感謝しながら。

そして、今いる場所で

直ちに、楽しむことじゃないのかな。

 

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(マラカスを手に舞う。笑。もうお酒抜きの講座等をやるつもりはありません。笑。だって楽しいんだもん。)

男になってしまった女は
そこで学べばいいのよね。

男になって
狩りをして

失った時間。

それは授業料だったと思って

わたしは女だったんだ、って
思い出せばいい。

命短し、恋せよ乙女。

命は短いの。
女を生きなきゃ。

狩りなんかしてる場合じゃ
ないのよね。

わたしはもっと

女でありたいな。
まだまだ、足りないな。

女であることを
思い出させてもらったんだから。

もっと、感じて生きたいです。

よかったら、あなたも一緒に

女として生きませんか?

内藤加奈子
【追伸】
恋愛の話をすると、彼氏や旦那がいないとダメなのか、恋愛していないとダメなのか、と思う人がいるかもしれませんが、大切なのは自分です。自分と、大切なものを、大切にできていれば、それ以上、何かがあっても何がなくても、いいじゃないですか。何があってもなくても、今日を楽しみましょうよ。馬鹿なことして笑いましょうよ。今日を、喜んじゃいましょうよ。めいいっぱいね。