運と過去と未来

IMG_1592ひとり旅の最中です。

運がいいのは

おかげさまで、

デフォルトなのですが

お部屋がアップグレードされていた、だけけでなく

手違いで、エステをサービスにしていただいたり。

いつも、何かの女神がついてるんじゃないかとしか、思えないです。

あ、

思い出しました。

今日乗ったタクシー

乗るなり、息苦しくなったんです。

エアコンが暑いからかなと、思ったんですが、どうやらそうじゃない。息が吸えない感じ。

私が乗った、

5秒後くらいでしょうか

運転手さんが言うのです。

「お客さん、相性って、あるんですかねぇ」

お嫁さんと何かあったのかと思ったら

「いや、この車、ダメなんですよね」

「前の車は、乗った初日から、羽田空港とかあって、なんか、景気良かったんですよ。この車になってからは…」

「そういうの、気のせいって言うんですよ」

「いやあ、そうですかねえ」

面倒くさい。笑

「わたしが乗ってんだから、運がいいですよ。わたし、運だけで生きてきちゃったんです。死にそうでも死ななかったんです。運がいいと思えば、運がいいんですよ。そんなものじゃないですか」

それでも、

あーだこーだ、とおっしゃるので

「そしたらね、運が悪いということで、どこまで運が下がるかやってみたらいいですよ」

そしたら、目的地に着いてしまったのと

そういう人は、そういう生き方を楽しんでいる最中なので、近頃は、励ましたりもしないもので

そこまでで、お礼申し上げて、降りました。

そして、

ああ、こういうことだなあ、と思いました。

運の悪い人

上手くいかない人

もれなく

過去にこだわっている。

あの頃は良かったのに

私は正しかったのに

そして、

他人にもこだわっている。

あの人がこうしてくれたら

あの人が…

あの人が…。

よく言いますが

「他人と過去は変えられない」

その通りです。

「今の自分は、いかようにもなる」

その通りと思います。

そして、こう思います。

過去にこだわりたいのなら

そこに在った恩恵を見つけなさい。

他人にこだわりたいのなら

その人から学んだことを見つけなさい。

それを今の自分と未来に生かしなさい。

反面教師にしたらいい。

自分の痛みばかりを訴えて

誰が治して、と

誰かのせいにしている限り

自分で歩くことはできない。

「強さ」って、

他人を裁くために使うものじゃない。

もちろん、

自分を裁くのも意味がない。

「強さ」って

自分が足を前に踏み出すため

もしくは

その姿を見た誰かと、一緒に歩くため

そのためだけに

わたしたち、みんなが持って生まれたものだと

思うのです。

わたしは無宗教だけど、むかし、

「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」

って、宗教のコマーシャルがあったと思うの。

ほんと、そうだと思ったよね。

暗いなら、

そこは暗いんでしょ。

明るくするかどうか、でしょ。

暗さの理由を探したって

明るくならないでしょ。

明るくする方法だけを、

考えるんじゃなくて

片っ端からやればいいでしょ。

さ、もう夜遅いから、そろそろ灯りを消しますよ。

はじめてのひとり旅は、

はじめてのおつかい、みたいに

ちょっとドキドキしながら

夜がふけていきます。

では、また明日。

内藤加奈子