人生は、ビンゴ大会。

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写真は、ひとり旅のホテルのシャワーブース。ミキモトのアメニティ、良かったです。

今日、美容室に行ってきました。

カラーをお願いしたら

グリーン寄りの

アッシュ系?っていうのかな

イメージよりも、カッコいい感じになって。

だけど、ちょっと落ち着いたのブラウンにしようと思っていたので

自分で、ヘアマニキュアでもして、やり過ごそうかなあと思ったりもしたのですが

やっぱり、もう一度、カラーしてもらうようにお願いしました。

こちらが我慢したばっかりに

相手を悪いように思ってしまったこと

ありませんか?

もったいないですよね。

ここから派生して

思ったのですが、

「あの人を信じてたのに」

と、なったりしたときに

「相手を信じた」のは

自分ですね。

「相手を信じる」と決めた自分を信じた

わけですから

もし、

「信じてたのに裏切られた」

という事象がそこにあるならば

「自分自身に裏切られた」

わけです。

自分が未熟だったのだから

自分が、人を見る目を改めたら

それで、終わり。

その人から離れて、終わり。

相手を正そうとか

相手を変えてやろうとか

必要ないわけです。

そんな思いになったとき

立ち戻りたいのは

「自分は、どう生きたいのか?」

「自分は、何を感じたいのか?」

です。

きっと、多くの人は

気持ちよく生きたい

楽しく暮らしたい

笑っていたい

幸せに満ち溢れていたい

のではないでしょうか。

なのに、なぜ

他人を変えることに、労力や時間を使おうとするのか。

悪いと思っている相手に、わざわざ時間を費やして、嫌な思いを続けようとするのか。

人の世話をしているヒマなんか

ないはずなのです。

大至急、楽しみに飛び込んで

喜びにまみれに行かなければならないはずです。

「感情」という過去の産物に縛られて

「思い」と「行動」が

真逆。

わざわざ、苦しみをチョイスしている。

苦しみたい。

悲しみたい。

それには、自分を苦しめてくれる存在が必要。

だから

何かあれば

そういう人を創り出し

「信じていたのに」

「裏切られた」

などと泣きながら

「ビンゴ!」

と、あたりを引き当てているのです。

苦しめてくれる相手を

求めつづけるのは、

一体、なぜなのでしょうか。

なぜ、苦しみを

チョイスし続けるのでしょうか。

その答えは、

あなた自身しか、知り得ません。

あなたと、話し合うことです。

誰かを、変えて満足を得ようと、奔走していても

苦しみのビンゴ!

が、続くだけなのです。

あなたは、何を信じているでしょうか。

あなたが、信じているものが

「わたしは、絶対に、幸せである」

「わたしが、幸せでないわけがない」

であるならば

あなたを裏切る人など、出現しないのです。

そんな他人よりも

自分を、いますぐ快適にすることを

チョイスするはずですから。

「わたしは、不幸でいるのが似合っている」

「わたしは、不幸でいなければならない」

そう信じているから

あなたを苦しめるひとが

次々あらわれ

ビンゴ!

し続けるのです。

いやあ、

ほんと、そうだったなあ。

過去のわたしに、今日のブログを読ませたい。

けど、

苦しみのビンゴ大会を

やってよかったよ。

それが不必要だと、わかったからね。

それでいいんだよ。

とも言ってやりたいです。

わたしは、

「楽しみのビンゴ大会」

に、変えました。

あなたは、どっちのビンゴを

選んでいますか?

内藤加奈子