女たるもの、不謹慎、不均衡、不必要であれ

IMG_1786女性の、2パターンの生きかたについて、話したいと思います。

まず、パターン1。

結婚したり、同棲してたりしていて、男性が支えてくれている場合。

大至急、

好きなことをしたらいい

と思います。

私もそうですが、ありがたいことに、好きなことをしていればいい環境なので

思いつきでイベントをやったり、書きたくてブログを書いたりしています。

採算など度外視で

ただ、やりたくて

ただ、楽しくて

気楽にやっていられる。

それは、彼のおかげなのです。

以前は、

彼もいそがしいのだから、私だけ楽しむなんて、いけないこと

「不謹慎」だ

くらいに思っていました。

けど、男性からしてみたら、自分の女が楽しくなさそうだったら

もし、私が男なら、残念に思います。

なんのためにオレは頑張ってるんだ

って、思うだろうな。

なので、

ノーテンキに、ただ、楽しむ。

「不謹慎」なほどに。

その勇気を持つこと、だと思います。

それができない人が、恵まれた環境にいたりするから、面白いんですけどね。そこがテーマなんでしょうけどね。

そして、パターン2。

独身で、経済的にも自活されている場合。

こちらも同じく

「不謹慎」に生きること

だと思います。

会社員でなければ生活が安定しない?

本当でしょうか。

会社員で、長時間労働で

体も心も頭も拘束されて

体も心も頭も病んでいったら

それでも

それは「生活の安定」がもたらされていると

言えるでしょうか。

会社が楽しくて、仕事が楽しいなら

そのまま、どんどん楽しむことでしょう。

しかし、そうでないなら

複数の仕事をしたらいい、と思います。

バイトとか、

会社と副業とか。

1つのコミュニティにいると

画一的なものの見方しかできなるなるのは、当たり前のことです。

世の中には

いろんな人がいて、

いろんな考え方があって

いろんな生き方があるのです。

いくつもの「足場」があるからこそ

自分の「重心」をとることができる。

会社に勤めるのが正攻法なら

フリーターや副業は「不謹慎」な感じかもしれません。

私たちの親世代にとっては

そうでしょうね。

なかなか、理解できないだろうと思います。

しかし時代は変わりました。

大手の会社が平気で潰れます。

働けば働くほど報われた時代は、とっくに終わったのです。

会社の仕事や人間関係が面白いなら、それは、それでいいよね。

しかしそうでないなら

不謹慎と思えようとも

あなたが

あなたの「重心」

あなたの「中心」

を、感じやすい、いくつもの場所で生きること。

わたしも、OLやめて、昼はセレクトショップでバイト、夜は銀座ホステス、という時代がありましたが

世の中を、いろんな角度から見ることができて、良かったなあ。

安定、からは程遠かったけど

安定、していたなあ。

バイトとかって、安く使われるけど、だからこそ

楽しめるだけ楽しんでやる!

と、思えるんですよね。

最大限のパフォーマンスを出してやる!って。

無駄に働いてやる!って。

だって、他人が決めた分量だけ働くなんて、楽しくないでしょう?

「不謹慎」なくらい

時給の何倍ものパフォーマンスを出す。

ここに、

「不均衡」が生まれるじゃないですか。

その「アンバランス」を

自分で生み出すことができるのは

バランスがとれているからこそなんですよね。

「不謹慎」で

「不均衡」であること。

そこにそこ、自由な楽しみ方があるんじゃないかなと

思うのです。

どちらのパターンも

「他人に決められた領域」

を生きるから、苦しいんです。

主婦なんだから、

母親だから、

旦那がいるんだから、

こんなふうに生きないと。

安定のために、

こんなふうに働かないと。

そうやって

「他人が決めた領域」に

自分を押し込めているから

楽しくないんです。

専業主婦なら、働くなんて

「不必要」でしょう。

バイトなら、与えられた仕事以外もやるなんて

「不必要」でしょう。

しかし、不必要だからこそ、それをするかしないかは

「自由な領域」

であり、あなたが何を描こうと

「フリーハンド」

であり、そこに

「楽しさ」

があるのです。

この生き方ができるのは、女だけかもしれません。

男の人は、

狩をして、女や子供を養うのが本能で

それが達成感であり

本能の喜びであるわけです。

厳しい自然界のなかに、果敢に挑んでいく

それが本能なわけです。

しかし、私たち女は

そういう部分には、達成感や楽しみを、本来、感じない生き物のはずなのです。

なのに、強い女を描いたドラマや映画に騙されて

男みたいになってしまったのが、今の私たちなのです。

男性と同じように、

挑戦しつづけなければ?

勝ち続けなければ?

あなたの本能は、

本当に、そう、叫んでいますか?

わたしは、違ったなあ。

家庭や組織の

根幹は、

男性に頼り、お任せして

わたしたち女は、

その骨組みの支えのなかで、存分に楽しむ。

樹木に、

「幹」と「葉」や「花」があるように

男性が強く太い「幹」ならば

わたしたち女は、

幹や太陽から、栄養を吸い込む「葉」となり、それを生い茂らせ

ほころぶような「花」を咲かせる

それが、女の生き方なのだろうと

思うのです。

女が、ちゃんと「葉」や「花」を生きるから

男性が「幹」を生きられる。

そのとき、互いは、

「一体」であるのです。

同じく社会に存在して

仕事をしているように見えても

男と女では

違うことをしている、のです。

女性たちが楽しんでいなければ

男の人たちは、報われないじゃありませんか。

男の人が居てくれなかったら

わたしたち女は

「不謹慎」で

「不均衡」で

「不必要」な楽しみを

「楽しみ」という栄養を

得ることができないじゃありませんか。

それぞれが

それぞれを、生きるから

一体となり

沿って生きられるのです。

恋愛と縁遠い女性は、自分が「幹」の生き方になっていないか

楽しみなんて1つもない、という人は、他人が決めた領域のなかに自分を押し込めていないか

胸の奥を、よく探索してみるといいかもしれませんね。

 

内藤加奈子

 

【追伸】

わたしは、企業のコンサルタントとして生きていたときは「男」でした。

近年、お金をもらってイベントをしたりしていますが、それは「女」を楽しむためにやっています。

気に入った場所や物を用意するから、結局赤字だったりして、笑

ビジネスマンとしては、失格だけど

まったく不謹慎で、不均衡で、不必要なことしかしていないけど

それが、女だからね。

ただ、楽しいからね。

そうすると、もっと「幹」になってくれる男性の強さを感じるし、尊敬や感謝が湧いてきて止まらない。

なにより、

好きな服を着て、話したいことを話して、

それだけで、美容効果もバツグンですからね。

女でいられて、ありがたいなあ。