なぜ「感情」を「禁止」するのか?

FullSizeRender 254「自分の感情を大切にする」

とか言うけど

「お腹がすいたから食べる」

のと、同じこと。

普通のこと。

いままで粗末にしてきたから

仰々しく

「大切に」

とか意識しないとならないだけで。

ケガしたら痛いとか
お酒飲みすぎて気持ち悪いとか

ただ眠いとか
なんとなく疲れたとか

体が感じるのと

同じこと。

感情なんだから
感じるのが普通なのに

「そんなこと思っちゃいけない」とか
「そんなの普通じゃない」とか

なぜ「禁止」するのか?

感じるんだから
しょうがないでしょ。

それを人に言うかどうかとかになれば

必要か
不必要かを

アレンジする必要はあるけれど

感じるままに
そのままにそこに生きて居て

何が悪いの?

わたしは、自分の感情を

押し殺し続けてきた時間が
30年ちかくあったから

何を感じているのかすら
わからないまま

もどかしいまま

感じすぎたり
感じなさすぎたりしながら

なんとなく掴めたり
またわからなくなったりしながら

いまは、わりとはっきりと
感じるようになったけど

それでも、ときどき

「こんなに楽しくていいのかな?」

とかって

「いま」を
「目減り」させようとするクセが

顔を出すこともあるけれど

だけどやっぱり

感じたままに

そのままに

そのとき、そこに居ること。

何をするでもなくて。

それを許さずして
どう自分を大切にするのか?

仰々しく

自分を甘やかすみたいなのは
必要というよりも

ただここに存在するあなたを
ただそこに居させること。

なにも

難しいこと、じゃない。

葛藤しているなら
その葛藤を存分に

楽しみのメリーゴーランドに乗っているなら
変わる景色を楽しんで

ただ「いま」を「いま」の位置に

着座させること。

未来に逃がさず
過去に逃げず

他人に渡さず
自分の体内に。

なんか、

そんなことからなのかなって

思います。

誰かとの比較も要らなきゃ
多くをかき集めることでもなきゃ

ただ、

ただ、

ただここに

あなたが感じることを許すこと。

それが

自分に真摯に生きること

なんじゃないかと

思います。

感じることを禁止するのは

きっと、

自分を見つめ
自分の正体を知り

その小ささと弱さに
絶望したくないという恐れ、なのでしょうね。

大きな何かを成し遂げることよりも先に
小さな自分を抱き生きる勇気を

大切にしたいものです。

内藤加奈子

追伸:
今日、おもちゃ屋さんの前で子供を待っていたら、話しかけてきたパパは、カナダの方で。日本人の妻を持つ恐妻家なんだけど、やっぱり娘が可愛くて、1日会えないと辛いってほど可愛いんだと。(実際、すごく可愛いらしいお嬢さんで)そのパパと顔見知りの日本人のママさんは、旦那さまが外国人の方で、自分が妻だけど、自分がガミガミ言うから、旦那は恐妻家なんだと。なんか、どちらのご家庭も、なんだかんだと言いながら、うまくいっていそうだなと、立ち話に加わりながら。

お互いが感情を表示しあって、それがときどきぶつかりあっても、そこに嘘や隠し事がなければ、すべてが合意に至らなくても、なんというか「清々しさ」みたいなものの中で一緒にいられるんでしょうね。まずは、自分に嘘をつかず、感じたことを自分に隠さず、感じること。そこからでしょうね。自分との関係が、そのまま外に相似形で出るだけのこと。まずは自分と自分の関係。大切に生きたいです、明日も。清々しさのなかで。ココロの彩(いろどり)は、そのままに。

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